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  • 執筆者の写真Kensuke Suga

流されて淡路島

更新日:6月27日

 南あわじ市でブルワリーを立ち上げよく聞かれること。


 「どうして南あわじ市に?」


 これはもうご縁としか言いようがないです。キーワードは私の師匠(丹波路ブルワリー)で言われた「流れに乗ろう!」です。

 2021年の6月に新卒で7年ちょっと勤めた会社を辞めて、当時住んでいた奈良の王寺から妻の地元である丹波篠山に移りました。

 当初は関西でどこかに就職するか、コロナ禍でも勉強できるオンライン留学なんかも考えましたが、サラリーマン時代から何度も窮地を救ってくれたビールを学ぼうと丹波路ブルワリーに研修のお願いにいきました。

研修が終わったのちにそのまま雇ってもらって仕事をしながら、地元茨城県守谷市で実家横にある空地でブルワリーを立ち上げることを考えていました。


 地元での計画を進める中で、市の都市計画課から酒類製造場はNGだと言われ途方に暮れました。都市計画とは、①整備を進める市街化区域と②農地の保全を優先して整備を抑える市街化調整区域に分けて土地を有効活用しようという計画です。当時お話していたコンサルの先生いわく現代ではあまり気にしないでいいし、いずれはなくなる負の遺産のような制度とのことなんですが、まだまだ地方では②市街化調整区域が残っていることが多いです。私の計画していた場所も②市街化調整区域であり、商業施設等は制限されるのです。私の計画は都市の計画によりぶち壊されました。

 実は市街化調整区域でもブルワリーをやる手立てはあります。その土地を農地として農作物(麦やホップ)を育て、その作物を活用する農作物加工場としてブルワリーを立ち上げることです。(厄介な地域でブルワリーされる方はご参考に!)

 しかし時間がかかるのと土地の所有者である父としては農地にしたくないとのことで諦めることにしました。

 父は、尼崎に物件を手放したがっている知り合いがいるけどそこはどうかと提案してくれました。が、都会の喧騒から離れたかった私としては乗れませんでした。まだこのときは流れには乗れていませんね。


 そんなこんなで道を閉ざされながらも飯は食っていかなければならないので、丹波路ブルワリーの他に週末は「渓谷の森公園」というキャンプ場(最高です!)でバイトをしていたのですが、もっと稼がなというわけで平日の早朝にサ高住でのバイトを始めました。入居者さんの朝食を配膳したり、居室を清掃したり、入居者さんとたくさん交流したりするバイトです。この早朝バイトから物語は大きく動き出しました。そのサ高住の社長さんが元々南あわじで事業をされていた方で、私の地元での計画がとん挫した話を聞いて「南あわじでやってみん?」と言ってくれたのです。その時はうーん、自然も多いし良さそうだけど...という感じだったのですが、師匠に相談して「流れに乗ろう!」と言われたのでこのビッグウェーブに乗ってみることにしました。

 社長はすぐに南あわじ市にいる移住支援事業をしている後輩の方を紹介してくれて、その方からさらに山形屋水産さんを紹介いただき、すぐに養殖場跡地の倉庫を使っていいよいうことになりました。


 ここまでが南あわじに流れ着いた流れです。ここ南あわじで夢を一つずつ叶えていきましょう!

 今思えば日が昇る前からサ高住で働いて、日中は醸造所で働いて、週末はキャンプ場で働いて、まさに修行という感じの修行時代でした。こうして振り返ってみるとまだまだ頑張れる気がしますね。でもムリハシナーイ!ナガレニノール!



 

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